鍼灸について
1.素朴な癒しの方法から発展
病気で苦しむ人を治療した最も初歩的な方法は、身体に表れた症状を取り除くことだと言えるでしょう。手で押したり、揉んだりと、指や手で触れることがそうですが、暖めたり、ひっかいたり、突っついたり、・・・と、様々な方法を人類は試みてきました。痛みのあるところに刺激を与えて、改善する方法はその典型です。もちろん、普段食べない草根木皮なども食べて、症状をやわらげることも行いました。
鍼灸はそのような原初的な方法が発展したものと言えるでしょう。症状と刺激と改善の例を集積し、東洋医学の理論でまとめ上げたものです。人間の五感に訴え、人間の治る力を高め、自らの治癒力で治るように導く方法です。
その治療の方法はハリとモグサを使ったとてもシンプルなものですが、人間の持っている治る力を引き出そうとするだけに、大きな改善を生み出す場合が少なくありません。癒やしは、人間の治ろうとする力の上に初めて成立するものだとも言えるでしょう。
2.鍼灸とは
一般に鍼灸(はりきゅう、しんきゅう)と書くので、鍼灸で一つの熟語だと思われがちですが、鍼と灸は別のものです。
鍼は、直径0.2ミリ程の金や銀、ステンレスなどの細長い金属を、皮下数ミリから数センチ刺入する治療法です。
一方、灸は、蓬(よもぎ)の葉を精製して作ったモグサを燃やして、皮膚に温熱刺激を与えるものです。
温める時には、皮膚の上にニンニクや生姜(しょうが)、味噌(みそ)などをしいて、その上でモグサを燃やしたり(図1)、モグサを紙にくるんで直径1~2センチの棒状にし、皮膚から数センチ離して、ツボをあぶるように温める棒灸(図2)などを行います。
また、逆子の治療の際に、足の小指の爪の付け根の至陰というツボにお灸をするような、直接熱刺激を与える方法もあります(図3)。
さらに、鍼と灸を一緒に行なうこともあります。鍼の頭で、モグサを燃やす方法です。鍼刺激とお灸の温熱効果の両方が一度に期待できます。これを灸頭鍼(きゅうとうしん)と言います(図4)。
図1 ニンニク灸(左)、みそ灸(右)
図2 棒灸(自分での棒灸)
図3 逆子の小指の灸
図4 腰の灸頭鍼(きゅうとうしん)
3.鍼が有効なわけ
髪の毛ほどの細い金属を皮下数mmから数㎝刺すだけで、なぜ痛みが和らぎ内臓疾患が改善するのかと疑問を持つ方も多いでしょう。
それは、東洋医学の原典が書かれた今から2,000年前には、「気」の働きで説明されました。
つまり、病んでいる時は、全身を巡る気の流れがスムーズではなく、身体のあちこちに気が滞(とどこお)っている状態があります。それが、コリや緊張です。鍼をしてそれらを取り除き、気の流れをスムーズにすれば、元気に健康になるという訳です。これは灸(きゅう)やあんま、漢方薬など、東洋医学全体の考え方にもあてはまります。太極拳や気功法なども、気を全身に巡らせることを目的の一つにしています。
一方、現代西洋医学的にその疑問に答えようとする試みは、日本では、明治時代に始まり、これまで、神経系、内分泌系、循環器系、免疫系など、様々に研究成果が報告されてきました。1970年代以降は、鍼麻酔の報道をきっかけに、世界中で多くの論文が発表されるようになりました。モルヒネと同じ様に、鎮痛作用のある脳内のβ-エンドルフィンが、鍼により増量するというのが、鍼の鎮痛効果の説明の一つです。
日本でも、鍼灸の大学を中心に、古典のみならず、現代科学、現代医学の立場から、鍼灸の再評価が行われています。
4.灸が有効なわけ
松尾芭蕉は、後生に影響を与えた多くの俳句を旅の中で残しました。その芭蕉の『奥の細道』の冒頭に、三里(さんり)に灸(きゅう)をすえて旅に出るとあります。
三里は、膝のお皿の骨の下7~8㎝のすねの外側にあります(図5)。
旅に出る前、三里に灸をすえるのは、足の疲労回復が目的ですが、三里には、胃を始め、消化器系の働きを活発にする効果があることも、2,000年前に分かっていました。体表と内臓を関連づける道筋として、東洋医学では経絡(けいらく)という流れを想定していますが、三里は胃の経絡に属し、胃に強く関係する経穴(けいけつ、ツボの一種)だとされています。
旅は足腰だけでなく、胃腸も疲れさせます。慣れぬ土地の水や食べ物、風土などが合わなくて、胃腸の調子が悪くなることもあります。そんな時、足への灸が効果的であることを昔の中国の人は経験的に知って、三里と胃を関連づけたのだと思います。
現代の研究では、足の治療で胃の働きが活発になることや、下腿(かたい)の外側の経穴にハリをして、胆のうが収縮または拡張することも、超音波診断装置を使って明らかになっています。このように、手足を始め全身にある350以上の経穴がなぜ内臓や他の組織、器官に影響するのかは、現代医学的にも研究され、自律神経の働き、内分泌系、免疫系への影響などによることが、少しずつ明らかになりつつありますが、まだ研究途上です。2,000年の中国の人々の経験と知恵には、驚かされます。
洞峰パーク鍼灸院・院長:形井秀一
図5 三里の灸
(以上、形井秀一著『からだの声を聴く』医道の日本社刊、1997年よりの引用、改変です。)